中原中也が好きだ
汚れちまった悲しみに
中原中也の詩であった言葉。
そうだ、本当は純粋に悲しまなければいけないのに
悲しみは時として汚れちまうのだ。
横槍が入ったり、憤りを感じたり、そんなのはあくまで付随されたことだ。
悲しみなんて単純で然るべきだし、悲しい心を誰も咎めてはいけない。
楽しいからこそ思うこんな気持ち。
でも壊れてしまった時を思うのも楽しいからこそ。
壊れてしまったら?
ギザギザな心の欠片を新しく創った中でいつまでもギザギザにしておいたら
いつまでも引っ掻かれて痛いだけだ。
なるべくそこに新しく水流を作るべきだ。
水は山の険しい石を海に運ぶまでにまぁるくする。
そうしたら、きっと磨かれた石は何かをもたらすかも知れないし、そうでなくても「自分が痛くない思い出」になるはずだ。
だから私は今日も傷付いて今日も石を磨いてる。
汚れちまった悲しみは洗い流すほかないのだ。