魔が雨
「やけに空が暗いな、こりゃあひと雨くるぞ。近くで雨宿りしにゃいけないな」
そうひとりごちて、駆け足で道を行く。
「ほお、ここぁ、立派な宿場町だ。でもな、手持ちの金子も頼りねぇしなぁ。おっと、とうとう降り始めやがった!」
人気も少ない通りを行く
「お兄さん、入ってくんなせえ。うちは雨の日は半分のお金でいいよ」
人の良さげな女将のか細い声がはっきり聞こえる。
「本当かい!じゃあ少し寄らせておくれ!」
男は豪勢な部屋に案内されて、戸惑う
「こんな部屋でいいんですかい?おれにゃあ払えないような、こんな雅な部屋」
「良いのです良いのです。この宿場じゃあ、雨の日に立ち寄る人は少ないのでさぁ。ですから、旦那の懐具合でお幾らでもまけますよ」
熱い茶を淹れながら手厚くもてなされる。
「でも、この雨、当分は止みませんよ」
雨戸の締まった戸を一目して、茶を出される。
「うん、旨い茶だ!ここらでは茶が名物だったりするのかい?」
「いいえ、名物も名産も皆さん置いていかれるのですよ。それをお出ししているんです」
いよいよ不気味に思う。へら、とした青白い顔。
「お、おれはぁ、雨が止んだら行きまさぁ!」
「お客さん、魔が雨を知らないんで?この宿場の物怪ですよ。帰すまい帰すまいと雨を降らせ続けるんでさあ」
「なんだって!?」
「だからどのお客さんも、名物も名産も置いて逝かれるのです。」
ザーーーーー
雨の音は弾けたまま居残っている。
「わたしは今までひとりとてこの宿場町から出ていった方は見ていません。どうぞごゆっくり」
男は外に目をやるため、雨戸を乱暴に開けた。
先ほど走ってきた道は、轟く川になっていた。